文化財の保存修理

 皆さんは「文化財修理」といえばどのようなイメージをお持ちでしょうか。お寺や神社などの建造物や西洋の油絵の修復、あるいは土器の発掘調査などは比較的メディアへの露出も多く、なんとなく大変な仕事だなと思われているのではないでしょうか。まして、教科書でしかご覧になったことのないような、仏画や歴史上の人物の肖像画、古文書類などの修理といっても、正直、あまりピンとこない、という方がほとんどだと思います。

 「紙や絹に描き記された文化財の修理」という仕事は、他の文化財修理の分野と比べ、これまであまり光が当てられてこなかったように思いますので、概要を少しご紹介したいと思います。

 私どもは、絵画、書跡典籍、古文書など「紙や絹に描き記された文化財」を修理し、次世代に伝える仕事をしています。

 その歴史はとても古く、正倉院文書に登場する「装潢匠(そうこうしょう)」という、紙を染め、裁断して経巻に仕立てる官職をルーツとしています。以後長らく我が国においては、公家、社寺、大名家などに伝わった絵画や文書類の修理は、表具師(ひょうぐし)、経師(きょうじ)といった専門の技術者の手によって行われてきました。

 明治30(1897)年に古社寺保存法が制定され、文化財の保護は国の責任という認識が成立しますが、修理に関しては欧米のように国の直営では実施せず、すでに存在していた職能集団(表具師など)を活用し、国はその指導監督に当たるという現実的施策がとられます。その後、文化財保護法(昭和25年法律第214号)施行を経て、現在まで基本的にはこの形は変わっておらず、目下、国が選定した保存技術を持つ団体(国宝修理装潢師連盟)の加盟要件を充足する民間法人である私たちが、文化庁と緊密に連携しながら国宝や重要文化財の修理を施工するという形態がとられているのは、主にこうした歴史的経緯によります。

 私たちの仕事の大きな特徴は、対象素材がきわめて脆弱かつ繊細であることです。過去の修理や偶然の積み重ねの結果として、制作当初の断片が辛うじて残存しているという場合も少なくありませんが、たとえその一片たりとも現代の修理で損ねることがあってはなりません。考えうる最善の技術を駆使してオリジナルを残しつつ、将来の損傷発生の要因を根気よく取り除いていきます。そのうえで、裏打や仕立てに際しては伝統的な技術に基礎を置いており、これらに不可欠な道具や材料(手漉和紙、刷毛など)の保護を図っています。

 このように、文化財の保存修理は、地味ながらも我が国の文化、アイデンティティの継承において極めて重要な仕事ではありますが、残念なことに、絵画や書跡の修理の分野は、我が国の文化財を守る根幹の部分に位置しているにもかかわらず、その内容がほとんど対外的に認知されていません。特に初等教育において、紙や絹に岩絵具や墨で描かれた絵画や、書状などの古文書類に触れる機会がほとんどないことが、後々の文化財への関心の低さにつながっているように思います。

 世間の関心がなければ、文化財を保護しようという気運もなかなか醸成されないものです。もちろん何でも公開してよいというわけではなく、色々と困難もありますが、文化財修理の大切さを一般の方々によりわかりやすく伝えるにはどうしたらよいか、情報発信のあり方について、日々考えを巡らせているところです。

 また、文化財指定の有無に関係なく、貴重な什物を代々受け継いで来られた方々の「何としてでも後世に残したい」という思いに応え、次世代への橋渡しをお手伝いさせていただくことが、私ども文化財修理専門会社の使命であると考えています。書画、古文書の保存にお困りの方がいらっしゃいましたら、修理を含め、様々なご提案をさせていただきますので、ぜひお気軽にご相談いただければ幸いに存じます。

(このコラムは、弊社代表取締役・大菅が平成28年6月にヴィアトール学園洛星同窓会誌「とぅりおんふ」No.34に寄稿した文章を一部再構成しました)